2023
9/06
鳴り物入りのB部長
「私よりも全然給料が高いのに・・・」
ある現場では「情シス部長代理」のAさんが、情シス業務を切り盛りしています。社員2名と派遣3名を統率し、インフラ管理からプロジェクト活動までのすべてをカバーしていました。
ところが最近、転職してきたBさんが、鳴り物入りで「情シス部長」に就任されました。
ベンダー企業で部長職を歴任し、DXプロジェクトをいくつも手掛けてきた実績をもつそうです。(そして、生え抜きのAさんよりも高給待遇です。)
B部長は着任してすぐに、いくつものプロジェクトを立ち上げました。全社員へのスマホ配布、基幹システムの刷新、データレイク構築およびBI・AI導入、など派手なものばかり。
前職のコネを活かして、ベンダーから次々と提案を受けています。
ある日、AさんはB部長に聞いてみました。
「セキュリティ対策はやらないんですか?」
B部長は「セキュリティも重要だと思うけど、経営層がそこまで乗り気じゃないんだよね…」と言われ、当面はまったく予定はないとのこと。
Aさんは、もともと予定していた「EDR導入」についてB部長に相談してみました。
(※ Endpoint Detection and Response:端末の脅威を検知・対応するセキュリティ技術)
「EDR?何それ?VPN接続しているから十分でしょ?」と怪しげな回答が…。
その後もやりとりを続けたところ、そもそもB部長はセキュリティに詳しくないようで、関心も高くない様子。
「情シスとして、こんなんで良いんでしょうか?」
Aさんと久々に再開したランチで相談を受けました。
情シス転職組の特徴
最近、ベンダーから情シスに転職してくるケースは増えています。
元開発者なので、技術的には優れており、プロジェクト経験も豊富です。社内の「システム導入プロジェクト」と相性は良いといえます。
元ベンダーの立場を活かして、ベンダー調整でも威力を発揮することでしょう。
ベンダー時代に染み付いた「ユーザーファースト」は、社内の各シーンでも活かされます。丁寧な対応は、ユーザーにも喜ばれます。
まさに即戦力といえます。
一方で、そのような人たちと多く接してきて、共通して感じることがあります。
「セキュリティ」の優先順位が低いのです。
開発サイドは、基本的にセキュリティは必須ではありません。むしろ利便性を損ねるため、意図的にセキュリティを緩めている人が多いのが実情です。
情シスの陽と陰
社内で新しい「システム」を手掛けるのは、派手だし目立ちます。
大型の「プロジェクト」においては、経営層や事業部門と連携を深め、社内で「顔」が利くようになります。
まさに情シス界の「花形」といえます。
一方、守りの「インフラ」においても、新しいサーバーの導入やデバイスの配布などは、業務遂行に不可欠です。サポート切れや故障時の対応は明確なので、優先順位も高くなります。
では「セキュリティ」はどうでしょうか?
必ずしもやらなくて良いもので、多くの場合は利便性が損なわれます。しかもサーバー、ネットワーク、端末など守る対象が多いため、セキュリティは単一の施策だけでは不十分です。
ところが、セキュリティで制約が多くなると、ユーザーには不評を買います。
予算申請しても、経営層に渋られます。
そもそも成功基準が不明確です。何事もなければ成功ですが、それがセキュリティ対策の結果なのか、何もしなくても起きなかったのか、証明するのは難しいのかもしれません。
しかし、ひとたび「インシデント」が発生したらどうなるのでしょうか?
大きな損害が発生し、場合によっては企業の信頼が失墜し、事業が傾く恐れもあります。
例えば、ランサムウェアの攻撃を受けてしまったら、責任問題に発展することでしょう。
会社全体のリスク管理という意味では、本来は経営層が考えるべき領域かもしれません。ですが、技術や知識が不足しているため、そこをリードし、提案するのも情シスの使命と考えます。
IT人材のスペシャリストとゼネラリスト
IT人材には「スペシャリスト」と「ゼネラリスト」という考え方があります。
スペシャリストとしての、プロジェクト組や開発チームは花形といえます。目立つし、成功もわかりやすい。
転職組はすぐにプロジェクトにアサインされ、報酬も理不尽に高かったりします。
しかし、それらの成功は、しっかりとした「守りのIT」の支えがあってこそ。
縁の下の力持ちですが、もっと評価されてもよいと考えます。
情シスは本来「攻め」も「守り」もできる「ゼネラリスト」が望ましいといえます。両者の影響を考えないと、最適な施策を打てないからです。
全体状況を俯瞰し、最適なIT施策を打つことが、情シスの役割です。
企業のIT化を進めると、必ず隙が生じます。攻めのITを増やすなら、それらを守るITが増えるのも当然です。
組織の規模が大きくなると分業が進み、スペシャリストが多くなるのはわかります。ですが、管理職以上は、企業全体のITに責任が生じるため、やはり「ゼネラリスト」の視点が不可欠といえます。
真の「攻めの情シス」
近年はクラウド化が進み、比例してサイバー攻撃の被害も増加しています。
セキュリティは今後、ますます重要性が高まっていくのは間違いありません。
だからこそ、セキュリティもしっかり対応してこそ、情シスの役割を全うしているといえます。
常に現場のITトラブルに巻き込まれ、苦労しながら対処してきた「生え抜きの情シス」の方が、セキュリティ意識が高いように感じます。
なぜなら、現場のインシデントは「我が事」であり、発生した際の地獄をリアルに想像できるからです。
ある意味、セキュリティ強化をきちんと推し進められる情シスこそ、真の「攻めの情シス」だと考えます。セキュリティはもっと攻めるべきです。
(後日談)
AさんはB部長を説得し、EDR導入の予算も確保できたと連絡を頂きました。
私は、そんなAさんを大変リスペクトしています。Aさんが部長になる日もそう遠くない…、と思う今日このごろです。
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。