2023
12/14
若手PMOに失望する部長
「PMO人材の育成って限界がないですか?」
ある現場の情シス部長Aさんは嘆きました。
期待の若手Bさんに重要なプロジェクトの「PMO」を任せます。最初の3ヶ月は、順調に成長曲線を描きました。
ところが、その後は何ヶ月も停滞したそうです。時間をかけて指導しましたが、何度も失敗を繰り返し、成長が感じられません。
結局はA部長がすべて尻拭いして、プロジェクトの調整がすべてA部長に集中してしまいます。PMOを任せた意味がありません。
この状況に失望し、プロジェクトから外そうか悩んでいます。
これは私にも痛いほどよくわかります。
私もPMO人材育成では、何度も失敗してきたからです。
はたして、PMO人材の育成は、どのように考えていけばよいのでしょうか?
PMOのスキルは育成可能なのか
まずは、PMOのスキル別に、育成可能かを考えてみます。
① PMO事務スキル
PMOの代表的なタスクとして、打ち合わせの「アジェンダ作成」「議事録作成」「ファシリテーション」などがあります。この領域は「慣れ」が大きいといえます。ある程度の場数を踏めば、上達します。3ヶ月もファシリテーションをやっていれば、見違えるように堂々としてくるものです(そして上司の過度な期待が始まります…)。短期に育成できる領域だといえます。
② PMO対人スキル
ユーザー部門との「コミュニケーション」「調整」「関係性維持」「人懐っこさ」など、端的にいえば「人から好かれる」能力です。ここは生まれ持った「性格」や人との「距離感」が影響するため、すぐに育成できるものではありません。
さらにいえば、PMOは他のスキルとセットでないと意味がありません。「業務知識」がないからユーザーに信頼されず、「論理的思考」がないから結論を導けず、「プロジェクト管理」ができないからフォローできないのです。むしろ、これさえあれば、対人スキルが雑であっても信頼されます。この領域は「個性」として割り切り、実は育成対象ではないと考えます。
③ プロジェクトスキル
「プロジェクト計画」「RFP作成」「要件定義」「進捗管理」「課題・リスク管理」「品質管理」「リソース・コスト管理」などです。ここは経験値がモノをいいます。まず正しい「フォーマット」を与え、その上で「プロセス」を教えこみます。あとはひたすら経験を積んでもらうしかありません。この領域はノウハウであり、中長期で育成可能です。
④ 業務知識
ユーザーと対等に話をするには「業務知識」が不可欠です。最初は全くわからなくても、走りながらある程度は覚えるようになります。ただし、PMOは超多忙なので、時間がない中でどこまで覚えようとするかは本人の覚悟次第です。上司が口酸っぱく重要性を説くことで、中長期で育成可能です。
⑤ ホスピタリティ
様々な人が関わるプロジェクト活動において「他者への思いやり」「おもてなし」「優しさ」「気配り」「献身性」などの「ホスピタリティ」はとても重要です。多様なプロジェクトメンバーが気持ちよく動ける環境づくりが、PMOには求められています。このホスピタリティは、その人本来のスキルであり、なかなか教えて身につくものではありません。プライドが高すぎたり、自己中な考え方だったりすると、全く気づくことができません。上司がしつこくいうことで半分は覚えるかもしれませんが、応用がききません。最低限は育成可能ですが、それ以上は期待しない方がいいかもしれません。
⑥ 論理的思考
プロジェクトでは多くの「課題」が発生し、PMOはその対応に追われます。その際に「そもそも論点がおかしい」というのはよくあります。視野がせまい、選択肢が少ない、考える方向がおかしい、などは「論理的思考」が欠落しているからです。一方で業務知識の不足や経験不足からくる「引き出し」の少なさも影響しています。そのため、上司は論理的な考え方の「フレーム」を教えつつ、あとは「経験」を積ませるしかありません。短期での失敗は許容し、長期で育成していきます。
⑦ 覚悟と取り組み姿勢
つまるところ、私はPMOとしての資質はこれに尽きると考えています。何が何でもこのプロジェクトを成功させるという「本気の覚悟」があれば、他のスキルは自然と底上げされるからです。必死に業務を覚えるし、ユーザーとの調整は泥臭く、粘り強く行えます。大きな課題が発生しても「当事者意識」をもって解決まで責任を持てます。
そして、この領域は育成できないのです。なぜなら、ここは「仕事のスタンス」、もっといえば「人生のスタンス」に関わるからです。「人生をかけてこの仕事を全うする」という人と「生活のため、平日の定時の間だけ仕方なくやっている」という人の間では、温度差がでて当然です。スキルという次元を超えています。そこに介入するというのは、野暮であり、おこがましいともいえます。
ここは育成対象ではなく、本人の向き不向きを考えるべきでしょう。ここを過度に期待してしまうから、失望が大きくなります。本人の資質に応じて、期待値を大幅に下げるか、そもそもPMOを任命しないことです。
つまり、PMOスキルは、育成できる領域とできない領域があります。
「コミュニケーションの取り方がイマイチ」
「なぜ気が回らないのか」
「なぜ課題が多く残っているのに帰るのか」
「ヤル気が感じられない」
「仕事のスタンスが気に食わない」
などの不満は、育成できない領域に対して、過度に期待しているからです。期待が大きい分、失望も大きくなるのです。
人材育成とは上司スキル
これらをふまえて、私からの提案は以下の通りです。
・最初はフォロー前提で考えること
・中長期で育成を計画すること
・プロジェクトは完走させること
・その人の資質により期待値を変えること
・育成できない部分は個性と割り切ること
・資質がない人はそもそもアサインしないこと
途中で嫌気がさし、失望し、プロジェクトから外したくなることは多くあることでしょう。
しかし、それは短期に多くを期待しすぎているからです。
PMO人材はすぐには育ちません。
短期的には、3歩進んで2歩下がるどころか、3歩進んで3歩下がることは、普通にあります。自分でやった方がはるかに工数が少ないこともザラです。
まずは長期で考え、プロジェクトは最初から最後までを経験させ、次のプロジェクトから徐々にスキルが上がる、ぐらいで考えましょう。
また、その人のもつ個性がプロジェクトで武器として活かせる文脈にもっていくことも上司の仕事です。お互いの強みを補完しあうチームを設計しないといけません。
そして、一番重要なのは、そもそも資質がない人を無理やりPMOにアサインしないことです。永久に上司のストレスになるばかりか、人間関係が壊れ、プロジェクト全体が沈没してしまいます。
ハイリスク・ハイリターン
「はい、PMOの育成は本当に難しいんです…」
冒頭の質問に、私はこう答えました。
「ですが、PMOにはそれだけの価値があります!」
と続けました。
PMOがうまく回せれば、その取り組みの「ど真ん中」にいられます。
経営層、事業部門、ITの中心で全体を動かせます。
達成感、充実感も段違いです。
だからこそ、情シスにPMOをやってほしいのです。
会社の中心に情シスがいるべきです。
そのためにはPMOができないとダメなのです。
難易度が高いとわかっていても、チャレンジする意味はあります。多くの犠牲を払ってでも、PMO人材を育成する価値はあります。
どうか、短期で諦めないでください。現在の苦しみは投資です。未来の情シスを戦闘集団にするための儀式です。
ITで会社を強くしたいなら、その前に情シスを強くすること。
それが本来の情シスの姿だと本気で考えています。
貴社のIT部門・情報システム部門は、「PMO人材育成」に本気で取り組んでいますか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。