2025
2/06

リリース判定のスケジューリング
「リリース判定会議は、本稼働の2週間前でいいですか?」
情シスの若手Aさんが聞いてきました。
この現場では、基幹システム導入を進めており、受入テストを開始しています。今後の詳細スケジュールを検討中です。
さて、このリリース判定(別名:本稼働判定/カットオーバークライテリア)は、とても重要です。
これを情シスがどう「コーディネート」するかで、プロジェクトの成否が大きく変わってくるからです。
しかし、Aさんと話してみると、リリース判定について3つの誤解を持っているようです。
リリース判定は、どう行えばよいのでしょうか?
2週間前に開催でよいのでしょうか?
【誤解その1】ベンダーがやる
リリース判定は「ベンダー」がやってくれると思っていないでしょうか?
これは非常に危険です。
昔、ある現場でベンダーがリリース判定会議を開催しました。バグが多発しており、受入テストが全く終わっていなかったため、「大半がNGだろうな」と思っています。ところが、配られた資料に目を移すと、全項目「OK」という文字が飛び込んできました。ベンダーは、堂々と開き直って「リリースしましょう!」と言ってきたのです。
当然ながら、その判定結果は却下し、リリース延期としました。ベンダーと揉めた末に、「今後は絶対にベンダーにやらせない」と心に誓いました。
なぜ、そうなるのでしょうか?
それは、ベンダーが「受注側」だからです。
受注側は1日も早く検収してもらい、代金を回収したいのです。もし延期にでもなれば、ベンダーは赤字になってしまいます。
絶対に延期したくないベンダーがリリース判定を行えば、すべてOKとなるのは当たり前です。
発注側であるユーザーが、きちんと受入テストを実施し、品質に問題がないことを確認し、ようやく「リリースOK」と判定できるのです。そして、代金を支払います。
つまり、リリース判定は明確に「ユーザー側」で行うべきです。
その上で、ユーザー側の誰が行うべきでしょうか?
それは、客観的かつ専門的にプロジェクトを推進する役割の「PMO」です。そして、そのPMOを担うのが、ユーザーとベンダーの橋渡しができる「情シス」となります。
リリース判定は、情シスの仕事なのです。
【誤解その2】一発勝負
リリース判定は「一発勝負」だと思っていないでしょうか?
これも間違いです。もし、本番直前にリリース判定が「NG」となった後をリアルに想像してみてください。
土壇場で「延期」とせざるを得ません。ユーザーとベンダーの双方に深刻なダメージを与えることでしょう。
あるいは、品質が不十分であっても、同調圧力で「見切り発車」となってしまう可能性もあります。その後、本番トラブルが発生して、ビジネスに大きな損失を与えるかもしれません。
どちらに転んでも、当事者には不幸となってしまいます。
そうならないためには、リリース判定は一発勝負ではなく「複数回」実施します。数ヶ月前から「予告」していくのです。
「1回目40点、2回目60点、3回目80点を目指しましょう。80点以上にならないとリリースできないですよ!」
と全員に周知し、現状を認識させるのが、正しい進め方です。
特に、品質が不安定なプロジェクトこそ、リリース判定は大きな効力を発揮します。
バグが多発し、先行きが見えなくなると、ベンダーは保身に走ります。目の前のバグだけを解決して「1日も早く検収して終わらせる」ことしか考えなくなる傾向があります。「後は保守フェーズでやりましょう」と詰め寄ってきます。
そのようなベンダーに対して、リリース判定で「牽制」するのです。
「判定に合格しないと検収されない」と認識させることで、ベンダーに危機感を持たせることができるからです。
なお、このリリース判定にふさわしい「場」はどこでしょうか?
それは、ステコミ(ステアリングコミッティ)です。
ユーザー側とベンダー側の責任者、プロジェクトマネージャー、リーダーが集まるステコミこそ、リリース判定を共有するのにふさわしい場所です。
それにより、判定NGとなる課題は「トップダウン」で対策が打たれていきます。これが非常に大きいのです。
【誤解その3】判定だけ
リリース判定は「判定だけ」だと思っていないでしょうか?
判定だけだと、単なる「批評家」になってしまいます。
あれこれケチをつけて、文句だけ言って、自らは「高みの見物」をしていては、誰も耳を傾けてくれません。
発表する本人は、品質不足のベンダーを痛烈に批判することで、すこし気分が晴れるかもしれません。ところが、攻撃されたベンダーと溝ができてしまいます。
リリース判定の目的は、無事にリリースすることです。
そのために、プロジェクト関係者に緊張感をもたせ、このままだと間に合わないと危機感をもってもらうこと。
その上で、判定結果に基づき、今後の「対応策」を決めて、状況を動かしていくまでが、リリース判定です。
表面的な「課題を減らしましょう」「バグを減らしましょう」だけだと意味がありません。
課題を減らすために「○○の施策を打ってください」と言い切り、その場で責任者の同意を取り付けるまでが仕事です。
例えば、ベンダーへの提言には以下が考えられます。
・類似バグが多いので、内部で横展開および影響確認を強化してほしい
・設計バグの場合は、設計書に反映してほしい(後回しにすると忘れる)
・テスト環境へのリリース頻度を上げてほしい
・非機能テスト結果は、一度説明してほしい(特に性能と可用性のテスト)
・起票後の放置が目立つため、起票後は3日以内に確認してほしい
・○○機能は説明を一度も受けてないので、説明の場を設けてほしい
・品質分析報告をしてほしい
・品質強化案を○○日後に説明してほしい
この提言には、いろいろなバリエーションがあります。リリース判定結果および状況に応じて、アレンジしてください。
客観性を保つ
この強化・対応策を依頼するときにポイントがあります。
それは、ベンダーだけではなく「ユーザー」にも提言すること。
プロジェクトに問題がある場合、「10対0」でベンダーに非があるということはありません。必ずユーザーにも反省すべき点があり、改善ポイントはあるものです。
もしベンダーだけを一方的に批判すると、ベンダーに恥をかかせる場となり、ベンダーは保身に走ります。最後の最後に、一枚岩になれなくなってしまいます。
たとえバグが多発して、ベンダーの落ち度が大きいとしても、ユーザーにも何かしら提言し、第三者の立場で「客観的」に判定しているという位置づけをとってください。
例えば以下のような提言です。
・「ユーザー確認待ち」が多いので、速やかに確認し「完了」にしてほしい
・ユーザー課題(業務課題や運用課題)は、障害管理表から切り離して、ユーザー側で管理してほしい
・バグが発生しても、そこでテストを止めないでほしい。まず「広く浅く」確認して、致命的なバグの検出を優先し、ノーマルパターンの品質確保を優先してほし
・バグの優先順位をつけてほしい。代替手段があるものは、優先度を下げてほしい
・○○機能についてベンダーが理解不足なので、一度説明してほしい
・ユーザー側で行ったシナリオテストの内容をベンダーに説明してほしい。ベンダー側でも今後ノーマル確認として行ってもらうため
ユーザー側も、探せば必ず見つかります。多忙なユーザーに提言しにくいかもしれませんが、ファクトベースの提言であれば、前向きに受け取ってもらえます。
このように、ベンダーとユーザーの双方に働きかけ、ゴールに誘導するのが、リリース判定です。
必ずカオスとなってしまうプロジェクト終盤において、全体をコーディネートする最後の切り札といえます。
情シスには覚悟が求められています。
踏み込みすぎると、反発を受けたり、人間関係にヒビが入ったりするかもしれません。それでも踏み込んでいき、提言後も寄り添い、フォローすることで、少しずつ好転し、ゴールが見えてきます。誰かがこのリスクを追わねば、深刻な状況は打開できないのです。
だけれども、この高難度な任務を達成した後に見える景色は格別です。
ぜひ、この景色を見ていただきたいと思います。
リリース判定(1回目)の開催
「それでは第一回目のリリース判定結果を説明します」
冒頭の情シス若手が、ステコミの場で堂々と説明を始めました。
まず、判定の位置づけを説明し、今回を含めて3回判定することを宣言します。
その後、「現在は30点」と説明し、ベンダーとユーザーの双方に改善策を提言しました。
ベンダー責任者は、事態を重く受け止め、体制強化と品質強化対策をその場で約束します。
ユーザー責任者も、受入テストの消化率を毎日チェックし、遅いところはテコ入れすると宣言しました。
このトップダウンが大きいのです。この後、2回目で60点、3回目で80点をとれるように、頑張っていきましょう!
貴社IT部門・情報システム部門は、リリース判定会議をうまく運用できていますでしょうか?
(リリース判定のサンプルはこちら↓)
リリース判定/本稼働判定の作り方_ステコミ発表用Ver.(サンプル画像付き)
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。