2022
6/22
提案評価結果をベンダーに伝える
「厳選なる審査の結果、御社にお願いすることになりました」
あるプロジェクトでベンダー選定を行い、総合評価でA社に決まりました。ベンダーを待たせているので、すぐに連絡を入れます。
A社のベンダーの営業担当からも、すぐに返答がありました。
「ありがとうございます!すぐに契約書を準備いたします!」
一方で、落選したベンダーにも、お断りの連絡をしないといけません。
あまり気持ちのよいものではありませんが、一社一社、丁寧に連絡を入れていきます。評価結果と落選理由を添えて。
先方が望めば、対面で真摯に説明するのがせめてもの礼儀。
ところが、、、です。この進め方が後々、大きな問題となりました。
何がいけなかったのでしょうか?
リーガル部門という聖域
契約調整に入ると、想定外の事態に陥ります。
今まで登場しなかったA社の「リーガル部門」の方が、こちらの契約書の案をすべて突っぱねてきて、強硬姿勢をとってきたのです。
どの会社もそうですが、リーガル部門は企業内で「聖域化」した組織です。
「契約内容が法的に問題ないか」
を専門家としてチェックします。専門家でない人は、基本的にはその判断にだれも介入できません。
この役割だけであれば、両社で法的に問題のない内容に調整すればいいだけで、何の問題もないはずです。
一方で、リーガルチェックにはもう一つの側面があります。
「自社に不利となる内容がないか」
もチェックします。そして、これが行き過ぎると
「いかに自社に有利な条項を盛り込むか」
に発展します。お互いのリーガルチェック担当者が、自社に有利な内容を主張しだすと、話は急にまとまらなくなっていきます。
私の経験上、大きな会社ほど、このチェックが厳しいです。今まで苦労して、ようやく契約までこぎつけた経緯や関係性などは、完全に無視されます。
なぜなら、リスクを嫌うからです。その会社の今までの多くの失敗経験から、自社に不利な条項は外して、有利な条項をあらゆる箇所に埋め込んできているのです。
その結果、ベンダーの「免責事項」が増えていきます。そして、ベンダー都合満載の厳しすぎる契約書フォーマットを押し付けてきます。
自社にとってはリスクだらけなのです。
別会社のような強硬姿勢
話をもどすと、A社から契約書フォーマットが提示されました。具体的には次の通り。
・すべての工程が準委任での契約となっている
・準委任を盾に成果物を明記していない
・いかなる理由があっても期限がきたらユーザー側は支払う
・損害賠償額の上限が極めて低い(こま切れにされた契約金額が上限)
・責任期間や修正に応じる期間が極めて短い
・瑕疵担保責任(今でいう契約不適合責任)や善管注意義務の記述削除
とても飲めない内容ばかりです。こちらで赤入れして返しても、さらに赤入れが取り消されて返ってきます。
「当社としては受け入れられません」「他社でも同じ内容で契約しているので、御社だけ特別というわけにはいきません。ご理解ください」などと言われます。
あれだけフレンドリーで印象のよかったA社の評価が、ガラリと変わった瞬間でした。
「だったら、契約しなければいいだけでしょう?」
と思われるかもしれません。しかし、そうもいかないのです。
なぜなら、もう既に他のベンダーには断りの連絡をいれているからです。
さんざん振り回しておいて、断ったあとに再び「敗者復活です」とは言えません。そもそも、話に応じてくれるかもわかりません。
足元を見られて、不利な条件を飲まされるかもしれません。提案してもらったプロジェクトマネージャーも、すでに別件にアサインされてしまっているでしょう。
A社もそれを見越して、強気な態度に出ているのです。
根本原因はプロセスにある
そもそも、なぜこのような厳しい状況になってしまったのでしょうか?
それは、A社と契約がまとまっていないにもかかわらず、他の選択肢を切ってしまったからです。
もはや、自社にとって、選択肢はA社しかないのです。
今まで発注側がなぜ有利だったかといえば、「他に選択肢がある」ことに他なりません。「嫌なら他に頼む」という暗黙のプレッシャーがあったからこそ、受注側は応じてくれたのです。
他の選択肢がなくなったことを伝えた瞬間から、アドバンテージが失われ、お互いイーブンな関係となります。ある意味、この瞬間から「ベンダーロックイン」となるのです。
先方のリーガル担当者の「空気を読まない」強気な要請で、プロジェクトはなぜかスタートする前に追い込まれてしまいます。
「嫌なら契約してくれなくて結構です」とA社から逆のプレッシャーを受けます。
ここから先は、単なる「我慢くらべ」となります。どちらが先に折れるのか。それだけの話となってしまいました。そして、ユーザー側も焦ります。
A社との契約交渉は、もつれにもつれました。
お互いのリーガル担当者が主張しあい、プロジェクトメンバーは間に入って、板挟みになるだけです。A社の営業担当者も平謝りしてきましたが、それはお互いに同じ立場だからでしょう。
契約交渉を開始して、実に1か月後、ようやく話しがまとまります。
発注側の契約条項の要求はすべて飲んでもらいました。ただし、A社からは追加の見積もりが出て、当初の予算と納期をオーバーすることとなりました。
「もし最初からこの提案だったらA社を選ばなかったかもしれない」とさえ思いました。しかし、落としどころはそこしかなかったのです。
いま振り返っても、苦々しい記憶がよみがえります。
内定は出しても確定は出さない
結局はどうすればよかったのでしょうか?
その教訓から得られた結論はつぎのとおりです。
・内定はだしても、確定はださない
・契約合意してから、他社に断りを入れる
提案してもらったベンダーに早めに回答しないといけないことに変わりはありません。そのため、社内承認がおりたら、内定したベンダーと早急に交渉を進めなければなりません。
「社内検討した結果、御社が『第一交渉権』を獲得しました。ただし契約がまとまらなければ、第二交渉権のベンダーと調整しないといけないため、○○日までに合意できるよう調整させてください」
と言葉を選びながら、契約調整を急ぎます。その間は、まだ他社への回答は「保留」にしておきます。
つまり、契約合意までが、ベンダー選定の一連のプロセスであり、そこまではノンストップで駆け抜けなければなりません。
契約調整は、ベンダー選定における最後のハードルです。
あくまで他社の選択肢をもったままで内定したベンダーと交渉します。
「確定」とは伝えず、発注側の「選ぶ立場」という優位性を保ったまま、調整を進めることが重要です。
最後の最後に、油断して足元をすくわれないようにしましょう。
貴社の情報システム部門・IT部門は、ベンダー選定において最後の契約調整まで選択肢を残していますでしょうか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。