2023
5/10
予算編成のためにつくるIT戦略
「毎年、IT戦略を作って、それを実行しています」
ある企業では、毎年10月から新しい年度が始まります。
そのため、各部では「予算」を7月に申請、8月に調整、9月に確定となります。
そこに向けて、情シスでは6~7月で「IT戦略」を定めているとのこと。
そのIT戦略資料を拝見しました。
しかし、その内容は「戦略」というより「計画」でした。
実は、このような企業は多いのですが、そのほとんどは戦略になっていません。
どういうことでしょうか?
戦略の定義
何となく「戦略は大きな単位」「計画は小さな単位」というのは誰もがイメージしていると思います。
しかし、その境界線は曖昧ではないでしょうか。
まず、言葉の定義としては以下となります。
戦略は、会社が進むべき「方向性」を示すもの
計画は、実装するための「具体的なアクション」を示すもの
IT戦略では、そもそも企業がどの方向に行きたいのか、どこに到達したいのかを明確にしないといけません。
それを定義するのが「ビジョン」です(「〇年後のありたい姿」ともいう)。
このビジョンが明確になって、はじめてそこに到達するための「経営課題」が見えてきます。
市場や業界などの動向や規制を「外部環境」として整理し、自社の現状や能力を考慮しながら、中長期の「施策」を考えていきます。
戦略上の施策
通常、この施策は1つではなく複数で構成されます。
いわゆる「守りのIT」と「攻めのIT」に分かれます。
最新技術を使ったDXなど「攻め」の一辺倒だと、結果的に全体最適になりません。データ連携や運用フローが非効率となり、費用も高くつきます。
デジタル環境を整え、基幹システムも整備し、セキュリティも強化し、きちんと「守り」を整えることで、「攻め」が効果的になるからです。
これは長期視点だからこそ、バランスをとって考えることができます。
なお、この施策検討の段階では、細かく「手段」は限定しません。
細かい部分に目を向けてしまうと、全体の視野が狭くなるからです。
それは、次のフェーズの「プロジェクト計画」で考えればよいことです。
戦略的ロードマップ
施策が出揃ったら、中長期のスケジュールに落とし込んでいきます。
それが「ロードマップ」です。
ビジョン到達に向けて、5年~10年を見据えた線を引いていきます。
ただし、IT業界は移り変わりが激しいので、3年ごとに見直す必要はあります。
このロードマップは大きな粒度なので、ガントチャートのようなプロセスレベルでの線は引きません。それもプロジェクト計画の中で考えればよい話です。
この時点では、施策単位で「中長期」に引いていきます。
なぜ「短期」で考えてはいけないのでしょうか?
それは、短期だとどうしても「実行しやすいもの」が選ばれてしまうからです。
例えば、業務とシステムが合わなくなってきた場合で考えてみます。
本来ならば、基幹システムの刷新を真っ先に考えるべきでしょう。
しかし、短期だとRPAで部分的に自動化したり、チャットボットを導入して問合せ対応を効率化したり、今でいえば生成系AIを活用した改善などが上がってくるでしょう。
発想が小さくなり、根本解決を考えなくなります。外付けで小手先の部分最適に向かってしまうのです。
根本的な解決を考えるのであれば、視野を広げて、中長期で大きく考えていくしかありません。
それこそが「戦略」なのです。
つまり、毎年のように予算を組んで消化するためのもの、それは戦略ではなく計画です。
目先の1年だけでは、特定の領域に対して、断片的な対応しかできません。
具体的な手段は明確かもしれませんが「我々はどこを目指しているのか」「なぜそれを今やるのか」を深く考えるタイミングを失います。
そして、プロジェクトという「一方通行」の道を大勢で走り出してしまいます。
まとめると、「IT戦略」で中長期の大きな視点で構想を練り、「プロジェクト計画」で短期のアクションプランを着実にこなしていく、ということです。
両者はまったくの別モノです。
5年前から歩み始めて今に至る
「はるか遠いところまで来ましたね」
冒頭の企業は、IT戦略を3年計画で立案し、6つのプロジェクトを実行しました。
そして3年後にあらためてIT戦略を定義し、現在5つのプロジェクトを実行中です。
振り返ってみると、当時からはすべてが変わりました。
基幹システムはすべて入れ替わり、オンプレサーバーもほとんどなくなりました。今はDXに取り組み、効果が出始めています。
情シスは筋肉質になり、社員は付加価値の高い役割に専念できています。
これは4年前に長期のロードマップを描いたからこそ、今この地点まで到達しているのだと思います。
同じ年数を積み上げるにしても、目指すべき大きな山がある企業とそうでない企業では、大きく差がつくのだと実感しました。
貴社では、「計画」の前に「戦略」を立てていますでしょうか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。