2023
11/16
戦略が何もない
「ウチには中計も事業戦略も何もないのに、IT戦略なんて作れるのでしょうか?」
A社の情シス部長Aさんは嘆きました。
通常、企業には中計(中期経営計画書)などに書かれてある経営戦略があり、事業戦略、営業戦略、マーケティング戦略、組織戦略など、各領域の方向性が定義されます。
IT戦略もその全体戦略と整合性をとり、IT・デジタルで具現化していきます。
ところが、A社には何もありません。戦略と呼べる資料は、過去を含めて何もないのです。
そこでA部長は、経営層や各部門長にヒアリングしてみました。しかし、そこでも何も出てきません。目の前の業務に忙殺されているだけです。
このような状況下で、IT戦略はどのように考えればよいのでしょうか?
戦略が何もないときのアプローチ
全社戦略がない場合、次の3パターンが考えられます。
1. IT戦略を作らない
2. IT戦略をボトムアップで作る
3. IT戦略をトップダウンで作る
1つ目の「IT戦略を作らない」は、現状のまま新しいことを何も考えないということ。
全社戦略が何も定義されていない以上、IT戦略を作らなくても文句は言われません。単発で現場から要求が出てくれば、それについて考えるだけで済みます。とても楽です。
ただ、これは「情シス担当者」の発想であって「情シス部長」の考え方ではありません。企業のIT方針に責任を持たないスタンスは、情シス部長の責務を全うしていないと考えます。
2つ目の「IT戦略をボトムアップで作る」とは、IT・システム・デジタルの観点から計画を立てるということ。ITドリブンとも言えます。
利点としては、考えやすいことです。システムという手段が明確なので、そこから逆算して上位の戦略レイヤーまで定義していきます。
欠点は、経営層に響かないケースが多いことです。ITドリブンは社内改善、効率化、経費削減など、現状の延長線上の施策が多く、部分最適化となり、小手先感が出るためです。
事業の本流に絡まないところから、ポツンとシステム導入を企画されても「まぁ、それも大事だよね。だけど優先順位的に…」となってしまいます。経営層の重要課題トップ3に食い込まないと、琴線に触れるのは難しいといえます。
ただし、たとえば「セキュリティ強化」などのテーマは、経営層から自発的に出ることはなく、ITドリブンで提案すべきでしょう。経営層に響かないとしても、ホラーストーリーを作ってでも、訴えていかないといけません。
3つ目の「IT戦略をトップダウンで作る」とは、経営戦略や事業戦略の観点も汲み取って、IT戦略を立てること。
利点は「新規ビジネスの創出」や「大幅な売上拡大」など、経営層に刺さりやすいテーマになることです。経営層の後押しを受けて、予算を確保しやすく、全社変革でもトップダウンで進めやすくなります。
欠点は、戦略策定の難易度が高いことです。戦略が何もないところから着手するため、経営戦略や事業戦略の仮説を立てて、そこからIT戦略を組み立てないといけません。
それぞれ利点と欠点がありますが、私の考えでは「IT戦略はトップダウンでベースを作り、ボトムアップの要素を加え、網羅する」です。
A部長の悩み
「IT戦略をトップダウンで作るのは理想だけど、それは経営層の役割だし、越権行為になるのでは?」
A部長に言われました。
確かに、本来は経営層がしっかりと戦略を定めるべきでしょう。しかし、それが無い現状では、待っていても会社は何も変えられません。A部長のキャリアも無駄に停滞させてしまいます。
情シス部長の次のキャリアパスは「CIO」です。そのポジションでは否応なしに経営戦略に踏み込まないといけません。
IT戦略は、ちょうど良い機会なのです。
大変かもしれませんが、本当の意味で会社経営にITで貢献できます。
とてもやりがいがあり、楽しくもなってきます。
「そもそも経営戦略なんて作ったこともないし、仮説を立てられない」
これもA部長に言われました。
でも、大丈夫です。サンプルはたくさんあります。上場企業は中期経営計画をネット上で公開しているからです。
同業他社の中計を参考にして、ストーリーの立て方やトレンドを学ぶことができます。異業種の施策を自社に応用することで、面白い企画になることもあります。
各社の中計を見てもらえればわかりますが、昨今の中計は「ほぼIT戦略」です。なぜなら、経営戦略や事業戦略でかかげたテーマの実現手段が「ほぼIT・デジタル」だからです。
年々、中計とIT戦略で領域が重なり、一体化してきていると感じています。
最強・最高の戦略
いろいろな戦略があれど「IT戦略こそ最強・最高の戦略」だと私は考えます。
経営戦略や事業戦略は、下手すると抽象的な「スローガン止まり」となり、どう実現するかがベールに包まれたままとなることがあります。
一方で、IT戦略は実現手段がIT・システム・デジタルであり、具体的かつ明確です。戦略→戦術の流れできちんと定義できます。
ふろしきを広げっぱなしで畳まない戦略とは違うのです。
これからの時代、IT戦略こそ会社の「心臓部の設計」だと考えます。
会社の未来をこの手で描く。
こんなにワクワクして面白いことはありません。
経営層を立てた方がうまくいく
「今までと食いつき方が違いました!」
A部長はIT戦略をまとめ上げ、経営層にプレゼンしました。
経営層は諸手を挙げて賛成し、承認をいただきました。むしろ、その戦略と施策に背中を押してくれました。
A部長の上手いところは、その戦略策定の「手柄」を手放したことです。経営層が今まで戦略を作ってこなかったことを強調すれば、プライドを守るために潰されかねません。「皆様の声を拾い上げて、まとめました」という体で説明したのです。
面白いことに、今までノーアイディアだったのに、たたき台を見せたとたんに各方面から具体的なアイディアが湧いてきたことです。
A部長はこれらを汲み取り、IT戦略を「全社戦略」として昇華させました。
A部長は遠くない将来、CIOになるのではないでしょうか。
貴社には、経営戦略が定義されていますでしょうか?もし無い場合には、IT戦略をどう策定しますか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。