2024
9/20
目 次
情シス部長が突然の退職
「私が情シス部長をやります」
ある現場で、50代の情シス部長が急病となり、退職することになりました。
とても急な話だったので、後継者の準備はまったくできていません。
それどころか、その下の世代が「空洞化」しています。40代〜50代がおらず、若手35歳以下が3名、60代の再雇用が2名、派遣3名という構成でした。
さすがに、35歳の若手を部長に上げるのは早すぎます。また、その若手の抱えるプロジェクトも重要で、止めることも引き継ぐこともできません。
その会社はどうしたのでしょうか?
なんと、営業部長が自ら立候補して、情シス部長となったのです。
最初の半年は兼務でしたが、引き継ぎを終えた後に正式に異動となりました。営業部は、後継者の副部長が順調に育っていたため、実現できた側面もあります。
さて、この営業部長が情シス部長に転身して、うまくいったのでしょうか?
営業畑の凄み
結論からいえば、実にうまくハマりました。
まず、営業部長は、さすが「営業畑」の出身で、社交的です。
社内で誰よりも人脈が豊富で、どの現場にも顔が利きました。
情シスが他部署とトラブルを起こすと、すぐに駆けつけ、その場をおさめてしまいます。
情シスが抱えるプロジェクトが3つあり、並走していました。それぞれ課題があり、進捗がよろしくありません。そこにも首を突っ込み、片っ端から課題を解決して、進捗を回復させていきました。
情シスは、どうしても「業務知識」という弱点があります。職人肌のメンバーが多く、コミュニケーションよりも手を動かすことを優先しがちです。
そのため、情シスはユーザーとの要件調整に尻込みしていました。ユーザーに強く言われたら、反論できません。
そんな情シスの弱点を、補完するだけではなく、武器に変えてしまったのです。
新任の情シス部長が、たった一人で。
ITの技術はMUSTではない
そもそも、情シス部長には「IT技術」は、そこまで求められていません。
手を動かしてシステムを実装したり、サーバー・ネットワーク機器を手組みしたり、PCのキッティングや故障対応をすることもありません。システム開発経験も、ITエンジニア出身である必要もありません。
情シス部長の役割は「情シス全体のパフォーマンス」を最大化することです。
IT技術が求められるシーンでは、そこに強いメンバーをアサインするだけです。適切なメンバー配置で「チーム戦」で勝てばよいのです。
もちろん、部長にITスキルがあるに越したことはないでしょう。メンバーから相談を受けたときに、技術的なアドバイスや直接的な介入ができるからです。
ただし、それは1つの側面でしかありませんでした。それをこの現場で目の当たりにします。
マイクロマネジメントのリスク
これまでの情シス部長は、システム開発の現場叩き上げの人でした。IT技術に詳しく、手も動かせます。
メンバーには細かく指示を出し、ドキュメントレビューでも厳しくチェックしていました。
メンバーが何かを相談しても「そんなことも解決できないのか」と、その後は部長が巻き取り、自ら処理してしまいます。
メンバーが何か提案しても、考慮不足を指摘し、メンバーを萎縮させました。
そのため、前任の情シス部長はいつも多忙です。
難しいタスクはすべて自ら手を動かし、いつも遅くまで残業していました。周りの情シスメンバーも、いつ指示や指摘が飛んでくるかわからず、遅くまで残業を続けるしかありません。
部長が座っていると静まり返り、部長が席を外すと会話が盛り上がります。
そんな「闇」の一面もありました。
リスペクト効果
一方で、新任の情シス部長は、ITについて「素人」という自覚がありました。
そのため、ITに詳しい情シスメンバーを全員リスペクトします。
決してぞんざいに扱うことをせず、メンバー1人1人と向き合い、メンバーの言うことを信じ、頼りにしました。
この接し方が、情シスメンバーには新鮮だったのです。
メンバーのタスクに、土足で踏み込んでくるわけではありません。でも相談したら、こっちを見て話を聞いてくれます。
最初は、部長が得意な「外部調整」だけを相談していました。ところが、徐々に「IT技術」の領域でも相談するようになります。
メンバーにとっては、一人で抱え込むより、誰かに話を聞いてもらえるだけで心が楽になます。他人に説明することで思考が整理され、自己解決に至ることもありました。
情シスメンバーの雰囲気が、明らかに前向きになったように感じます。
エンドユーザーとしての専門性
よくよく考えてみると、部長は自身のことを「素人」と謙遜しますが、ユーザーの立場で多くのシステムに触れてきました。
「基幹システム再構築プロジェクト」や「ECサイト導入プロジェクト」など、歴代のプロジェクトに深く関わっており、システム導入の全体像や変革の勘所は理解していました。
さらに、近年ではDXブームで、どの部署もIT・デジタルの取り組みが加速しています。そのため、営業部時代にSNS活用やSEO対策、Web集客などの「デジタルマーケティング」は、社内の誰よりも詳しくなっていました。
つまり、部長クラスになると、IT素人ではありません。エンドユーザーとしては、スペシャリストなのです。
ちなみに、この部長はMicrosoft社の「Access」が得意でした。日頃から自分でAccessのクエリーを組み、データを抽出しています。
私の経験上、Accessを抵抗なく扱える人は、情シス即戦力です。ITやシステム、データベース等の全体像をとらえることができ、技術系の人とも対等に話ができるからです。
部長クラスでAccessが得意な人は、それだけで情シス部長の有力候補だと私は考えます。
部長共通タスク
また、部長職には「部長共通タスク」もあります。
経営層や他部署との調整、勤怠や経費の承認、部の予算管理、来客対応、部下の管理やフォローなどは、どの部でも部長がやるべき共通タスクといえます。
これらは、ITスキルはまったく関係ありません。社内で年次が上がれば、勝手に習得するものです。
むしろ、部長には自社ビジネスへの深い洞察、経営方針や事業戦略への理解など、より俯瞰的な視点が求められます。
それが、情シス部長に求められる最も重要なスキルに繋がります。
それこそが「IT戦略」なのです。
情シス部長に求められるスキル
整理すると、情シス部長に求められるスキルには、様々なものがあります。
・IT戦略立案/実行
・経営層との連携
・社内調整/対外調整
・業務知識/ビジネス理解
・エンドユーザー要求理解
・ITスキル/デジタル知識
・社内IT/システム把握
・IT/DX事例精通
・業務改革/事業変革
・部下の管理/フォロー
つまり、ITスキルや社内システムだけに強くても務まりません。
「スペシャリスト」ではなく、全方位にバランス良く対応できる「ゼネラリスト」の特性が求められます。
それをふまえると、情シス部長の人材獲得には、3つのルートがあります。
① 情シス叩き上げで、社内のIT状況とITスキルに精通するメンバー
② 社内調整や自社業務に強い他部署の部長クラス
③ IT戦略や他社事例の経験豊富な外部からの中途採用(プロ情シス部長)
どのルートも、一長一短あります。それぞれに足りない領域は、就任後にキャッチアップしていくしかありません。
社内の状況でどれが最短か。どの強みが会社にとって最良なのか。
中長期で考えると、必ず情シス部長は交代します。
後継者をどう育成するか、情シスという組織をどう設計していくのか。
会社の置かれた状況や経営方針によって変わってくるでしょう。これを考えるのは、経営層の仕事なのかもしれません。
情シスの組織設計
しかし、私はあえて情シス部長の仕事と言いたい。
情シス部長が描く「IT戦略」に、情シスの未来は浮かび上がってくるからです。
IT戦略が定まると、中長期で情シスの役割が定まり、情シス部長の役割も定まります。すると、中長期で、情シス部長の後継者育成もできます。
後継者育成までが、部長の仕事です。
自分の右腕を育てないと、部長自身がボトルネックとなり、情シス全体のパフォーマンスも悪くなります。
後継者には、なるべく多くのプロジェクトを任せてほしいです。そこで業務知識を獲得し、社内人脈が作られていきます。経営層と接することで、全社方針や経営戦略の理解にも繋がります。
あるいは、一度、異動で他部署に出して、現場経験を積ませるのも良いと思います。
私個人の想いとしては、やはり情シス生え抜きが部長になってほしい。その後、CIOまで上り詰め、ITとデジタルで全社貢献してほしいと思っています。
長期的で大きな目標があった方がモチベーションが湧きますし、ロマンもあります。
貴社の情シス部長は、後継者育成が進んでいますでしょうか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。