2022
6/10
- トピックス
- 14_ベンダー選定・RFI
(田村)コラム「ベンダー選定時に小規模ベンダーは契約でリスクヘッジする」にも書きましたが、「ソフトウェア・エスクロウ契約」はベンダー選定において、ユーザー企業・情シスが知っておくべきサービスです。
そこで、このサービスを提供する一般財団法人ソフトウェア情報センター(以降、SOFTIC)様に取材させていただきました。
(SOFTIC様 公式ホームページ ⇒ https://www.softic.or.jp/ )
本サービスは、中小ベンダーのチャンスを生み、ユーザー企業の選択肢も増え、双方にメリットがあるとても素晴らしいサービスだと考えます。もっと、皆さまに知ってほしいという思いから、今回いろいろな角度から質問させていただきました。
取材に応じていただいたのは、次のお三方です。どうぞよろしくお願いいたします。
SOFTIC高橋様、内田様、中嶋様(※以降、敬称略)
(高橋、内田、中嶋)どうぞよろしくお願いいたします。
――― はじめに、SOFTIC様はどのような業務を行っているのですか?
(高橋)一般財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)は、ソフトウェアの権利保護、ソフトウェアプロダクトの普及・啓発、プログラム著作物に関わる登録事務、それらに伴う情報提供等を行っています。また、ソフトウェア、コンピュータシステム、コンテンツ、データベースその他情報技術(IT)に関する争いについて、紛争に関わらない第三者である専門家が裁判外での話し合いの仲介などをする、裁判外紛争解決(ADR)サービスの提供、特許審査・審判に利用するソフトウェア関連技術の動向に係る情報収集も行っています。
――― あらためて、エスクロウ契約とはどのようなものですか?
(内田)例えばプログラムのソースコードやプログラムのビルド等に必要なその他の技術情報を含むソフトウェア等を第三者である私ども「エスクロウ・エージェント」が預かり、倒産などの際に開示する契約のことです。ベンダーが例えば破産などしてしまってその後のソフトウェア等のメンテナンスができなくなってしまったような場合でも、ユーザーは、エスクロウ契約に基づいてエージェントから開示されたソフトウェア等の情報を利用して自ら必要なメンテナンスなどを行いながら事業活動を継続することができると期待されます。
(※ SOFTIC様ホームページより)
――― コロナ禍でも封印作業は現地立ち合いが必須でしょうか?
(内田)預託物の封印については標準契約書ではライセンサーとライセンシーによる立ち合い確認を要するとしていますが、封印された預託物をエージェントに引き渡す際は、郵送も可能としています。おそらく、コロナが終息しても、郵送は引き続き対応可能にすると思います。海外のユーザー企業からエスクロウを求められる場合等で、手続きが行いやすくなる側面もあると思います。
――― 預かったソフトウェアはどこに保管していますか?
(内田)民間のトランクルームサービスを利用しており、1契約ずつ鍵のかかる専用ボックス収納して預けています。温・湿度、入退室が管理された安全な倉庫を利用しております。
――― 海外では当たり前なのでしょうか?
(内田)欧米では20数年前からエスクロウサービスは確立されていました。そのため、日本企業が海外ユーザーと取引を行う場合に求められ、苦労することが多かったようです。エスクロウサービスを提供している海外の機関までわざわざ出向いて、契約していました。専門家の欧米視察でも、当然のサービスとして定着していたのを目の当たりにしたと報告され、「日本でもエスクロウサービスが必要である」との指摘がありました。
ビジネスとしては成立しづらく、民間企業がそれだけをやっていくのは難しいと思われ、また、エージェントが有すべき中立性や信用の点では、公的団体が優れていると考えられました。そこで公的な立場にあるSOFTICが安心な取引の仕組みを提供するのがよいと、委員会を立ち上げ、数年間、専門家と議論を重ね、標準契約書を整え仕組みを構築し、1997年にサービスを開始しました。
――― あらためてエスクロウサービスのユーザー側のメリットは何でしょうか?
(高橋)倒産や災害時にベンダーに何かあった場合、パッケージシステムのメンテナンスができなくなる、つまりユーザー企業のビジネス継続に問題が生じかねません。そこに備えるということです。中小ベンダーと取引する場合の保険、リスクヘッジとなります。
(中嶋)ユーザー企業は、当事者間のみで契約を結ぶ場合よりも安心を担保でき、ベンダー企業を選ぶ際の選択肢も広がりやすくなるのではないでしょうか。
――― ベンダー側のメリットは何でしょうか?
(高橋)ベンダーが提供するソフトウェアプロダクトに安心感を与えます。中小ベンダーにとっては、商売が広がり、セールスポイントにもなります。ソフトウェアの普及・啓発はSOFTICの事業目的であり、エスクロウサービスが一役を買っていると考えています。
また、平時、つまりエスクロウ契約で決められた倒産等に該当しない場合にはプログラムやその他の技術情報は公開しないので、不当に著作権等が侵害されることはなく、また、機密情報はしっかりと保護されます。海外ユーザーと取引する場合にエスクロウが求められた際にも対応できます。
以上申し上げたとおり、ベンダーにとってのメリットも多く、また、ベンダーの営業秘密が簡単に開示されたり利用されたりしないよう、念入りに考慮した制度設計としているので、中小ベンダーの皆様にはぜひ事業拡大のために活用してほしいと思います。
(内田)実は、1997年に開始した当初は、ベンダーからの評判が良くありませんでした。「ベンダーが破産した場合とは何事だ!」というお叱りの電話を受けた時代もありました。しかし、倒産は稀有かもしれませんが、事業撤退や合併なども起こり得ます。中小、零細ベンダーはもちろんですが、中堅ベンダーであっても、安心して取引ができる仕組みが必要とされてきました。現在では、さらに大きな企業であっても、ビジネス環境はグローバルであり、何が起きるか分かりません。つまり、どの時代でも、どの企業規模でも、エスクロウは必要なサービスだと考えます。
「エスクロウのおかげで取引成立できました」とベンダーから感謝の声も頂けるようになってきました。
(中嶋)ユーザー側が契約に慎重な場合に、エスクロウサービスを利用することによって、ベンチャー企業などにもチャンスが広がるのではと考えます。ぜひ活用していただきたいです。なお、ユーザーが開示を受けたプログラムについて、著作権の登録・譲渡・移転の手続きなどが発生することも考えられます。こちらではプログラム著作物登録の実務も行っておりますので、エスクロウサービスと両輪としてご利用いただくことができます。
――― エスクロウ契約の実績はどれぐらいでしょうか?
(内田)2022年3月時点では、契約総数は累計397件で、開示件数は13件です。
(高橋)件数が伸び悩んでいますが、それはPR活動を積極的に行っていないからだと考えます。まだエスクロウが制度として日本では知られておらず、海外のように定着しているとは言えません。
――― 開示はどのような事例が多いのでしょうか?
(内田)今まで13件発生していますが「連絡がつかなくなった」というのが、最も多いパターンです。
(高橋)エスクロウの制度設計時から、ベンダーが破産などした場合には、大きな混乱が生じたり、あるいはベンダーが音信不通になってしまうケースが想定されていました。そのような状態になってしまって必要な情報が散逸してしまったりする前に、あらかじめまとまった形でエージェントに預けるということです。
――― 実際はベンダーとユーザーのどちらから問い合わせがくることが多いのでしょうか?
(内田)ベンダーから問い合わせがくる方が多いです。ベンダーが積極的に利用するというよりは「ユーザーから要求を受けたためサービス内容を確認したい」というケースが多いようです。ユーザーが自発的にリスクヘッジを検討して、問い合わせしてくることもあります。
――― イレギュラーな相談も多いのでしょうか?
(内田)例えば「パッケージベンダーと保守委託ベンダーとの間で契約できないか?」は多いです。しかし、基本的には、開示されたプログラムなどは著作権法(第47条の3及び第47条の6)に定められたユーザーの権利(ベンダーの立場から見た場合にはベンダーの権利の制限)に基づいてユーザー自らが利用することが前提となっていますので、ユーザーが契約当事者となることが望ましいと回答させていただいています。ただし、開示されたプログラムなどが記録された媒体の所有権がユーザーに移転するように契約上の工夫を施すことで、保守委託ベンダーのような立場の方が契約当事者となっている例もあります。
その他にも多様なご相談を頂いております。我々も可能な限りご要望にはお応えしたいと考えていますので、お気軽にご相談いただきたいと考えています。
――― ユーザーとベンダーのどちらが金額負担しているのでしょうか?
(内田)標準契約書上はライセンサー負担となっていますが、一本化していただけるのであればライセンシーに変更いただいても構いません。必ずどちらか一方にSOFTICへの支払いを行っていただく形となります。傾向としては、「ユーザーから求められてベンダーが負担する」ケースが多いようです。
――― ソフトウェアのバージョンアップにはどう対応していますか?
(内田)預託物の差し替えは、契約期間(1年)中4回までを目途に対応をしています。開始当初はほとんどありませんでしたが、最近は増えてきています。
――― システム規模やプログラム数で料金は変わるのでしょうか?
(内田)基本的にソフトウェアなどをCD-ROM等で物理的に預かるだけで、中身に関しては関知しません。ユーザーとベンダーで合意のもと記録された媒体を預かっています。その媒体に収まるものであれば、特にシステム規模やプログラム数に制限はありません。
――― 今後の展望をお聞かせください
(内田・中嶋)PR活動を積極的に展開していきたいと考えています。また、現在の標準書式で対応できないケースも柔軟に対応できるよう検討していきたいと思います。
(高橋)オンプレミスが少なくなり、クラウドが増えてきている状況にどう対応するかも検討していきます。プログラムではなく、サービス(SaaS)をエスクロウの対象にしたいとの相談も、近年増えてきています。時代に合ったサービスの提供方法を模索しています。
また、ベンダーがソフトウェアの著作権や特許を担保として、例えば銀行や他の事業者から資金調達をするような場合があります。「プログラムを質入れする」ようなイメージです。お金を貸している側は、法律的には質権設定や譲渡担保権設定といった手法で担保となっている著作権などを法律的に保全しますが、実際にはそれだけでは十分ではなく、著作権などの権利の対象となっているソフトウェアそのものや各種技術情報などの中身をきちんと確保できるようにしておかなければなりません。そのため、権利の保全には質権設定などを利用しつつ、担保の実効性を確保するためにソフトウェア・エスクロウを利用していただくことが非常に有効だと考えられます。このような形でのソフトウェア・エスクロウの利用についても、多くの事業者に知っていただき、活用していただきたいと考えています。
SOFTICとして、ソフトウェアの普及、啓発に何ができるかを考えていきたいと思います。
(田村)本日は具体的な事例や近年の傾向などを多く確認でき、大変参考になりました。
エスクロウ契約は、ユーザーとベンダーの双方にメリットがあるサービスです。中小ベンダーは、事業チャンスが広がります。ユーザーには、良質なシステムを非常に安く調達できる選択肢が持てます。
弊社では「幅広い選択肢のなかからベンダーを徐々に絞り込んでいき最適な1社を選定する」という『ファネル選定®』を提唱しています。その中で、中小ベンダーを有力な選択肢として含めることは、非常に大切な考え方となります。今後も、ベンダー選定の現場で、この「ソフトウェア・エスクロウ」をもっと広めていきたいと、あらためて感じました。
本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
(高橋、内田、中嶋)こちらこそ、ありがとうございました。
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